はてなダイヤラーが選ぶ気になるあの駅この駅100選

東北本線 東那須野駅
google:image:東那須野駅

そのむかし、おれは東那須野駅のそばに住んでいた。幼児期のおれはその他多くの幼児と同様に電車が好きで、じいさんにせがんでは駅に連れて行ってもらったものだった。駅まではわずか200mの距離だったけれども、それなりに車の往来があったからじいさんはでかい手でおれの手をちからいっぱい握っては「車道歩くな!」と怒鳴り、ちょっとでもふざけると特大げんこをくらわすような男だった。

いつも額に血管浮かせて沸点振り切れてるような調子で、子供の中の恐怖の象徴となるには十分。笑った顔なんか見たことなかった。

手を爺さんにわしづかみにされて、そんな力いっぱい握るなよじいさんアホかよみたいなこと思い、反泣きになりながら駅までついていった。それでもオレンジ色の東北本線車両が目の前を通るときだけは泣いてたことなんかすっかり忘れて、東京方面へ走り去る列車が米粒ほどになるまでずっと、アホみたいにずっと眺めては「ねえあれとうきょうまでいくんでしょ?」「そうだ」なんて会話してた。

小五になるころ東那須野駅はなくなって那須塩原駅になった。おれも電車になんか興味なくなってサッカーしたりテレビを見たりするようになった。じいさんはこわいままだったから極力かかわらないように家ではおとなしく、外で暴れるような小中時代をすごした。

那須塩原駅になってから数年経ちクリーム色の壁のヨゴレもかなり汚くなってきたころ、じいさんが倒れた。つい先日、バンコクへ旅行に行ってきたばかりで年甲斐もなく日焼けしてウザいくらいにぴんぴんしてたのに、あっさり倒れた。おれは倒れたシーン見ていないから実感もわかないまま、恐怖の象徴が家から消えたことに喜びを覚えた。どこかバツのわるい思いをしながらも、けどそれもこれもじいさんのせいだ、いい気味だなんて考えてた。

じいさんのいない生活に喜びを覚えた最初の1週間、いないことが普通になり始めた1ヶ月。おれが通っている高校はじいさんの入院している日赤病院まで目と鼻の先だった。オフクロに「学校帰りに寄っておいで」といわれるのを無視してはゲーセンでファンタジーゾーンをやってた。ロケットエンジンとるまで我慢して、ロケットエンジンとったら画面内を走り回り、ザコに激突死ばっかりしてた。6面の能天気なBGMが好きだった。

じいさんがいなくなって一月半過ぎたころだろうか。いよいよだかなんだか知らないが、オヤジが軽トラにおれを乗せ日赤につれていった。病室はいかにも病人くさく、そしてベッドの上にはじいさんがいた。声もだせないみたいだった。オヤジも「ほら」としかいわず、ここでドラマなら手でも握ればいいんだろと思って手を握る。おれに気付いたじいさんがまくらの上でどうにか首を回し、おれに焦点をあわせる。ひどくゆっくりとした動作でにやっと笑い、そしておれの手を握りかえす。なんだそれ。そんな顔今まで見せたことねえじゃん。おれの手を握る手もガリガリで、力入れてんのかどうかわかんねぇし、なんかもうアホかと思った。別に涙は出なかった。アホかと思った。

葬式の日には遠方から親戚一同が集まった。おばさんたちの大泣きを見て、おまえらじいさんに怒鳴られたことあんのかよなんて苛立ち覚えながら、火葬場まで行った。えんえん酌してまわって2時間後、拾骨台の一番前に立たされたおれに向って火葬場のおっさんが、たぶんお決まりの台詞なんだろう、こんなことを言う。「こんなに頭の骨がしっかり残ってる人は珍しいよ。さぞかし頭のいい方だったんだろうね」

堰を切ったように涙が出て、自分で自分のことマジでアホかと思った。それを見ておばさんたちがうんうんうなずいてるのが本当に腹がたった。そんなんじゃないって言いたかったが、それもアホらしいと思った。

なんかなにもかもアホらしいと思った。来週の物理のテストも、テレビのニュースも、酌してまわるオフクロも、しんみりしてるオヤジもみんなアホらしいと思った。

そうしたらやっとじいさんのことを考える余裕がでてきた。余裕って言い方は違うかな。ただとにかくじいさんのことを考えた。

いい思い出なんてひとっつもなかった。いやあった。東那須野駅へ電車を見に行った思い出がふと心に浮かんだ。東那須野駅がなくなった日を思い出した。その場所に那須塩原駅が建った日を思い出した。東那須野駅がじいさんとかぶり、那須塩原駅はおれだった。そして突然おれの心にある気持ちが湧き上がる。おれはあの人の孫なんだ。どこまでいってもおれはあの人の孫なんだ。そのことだけはたぶんアホらしくないことだった。それだけはアホらしくなかった。

* * *

那須野駅がもとあった場所にその後継ぎとして建った那須塩原駅。帰省のために那須塩原駅に下りるたびに、ほんのちょっぴりだけ、じいさんと東那須野駅のことを思い出す。自分がじいさんの孫であることを思い出す。たったそれだけの理由ですけど、おれは「はてなダイヤラーが選ぶ気になるあの駅この駅100選」に東那須野駅を選ぶのです。(id:nekoprotocol)